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アークセリア ②

last update Last Updated: 2025-06-04 02:16:18
 セラの後に続き、リノアとエレナが歩を進めていく。

 道は平坦ではなく起伏に富んでおり、ゆるやかな坂が続いたかと思えば、道を曲がった先に突如として段差が現れる。

 多くの人が行きかったのだろう。長い年月を経た石畳も場所によって滑らかな部分と凸凹の場所がある。その差は顕著だ。隆起するところがあっても、それを平らにしようとする様子はない。

 店の多様性だけではなく、道一つとっても、それぞれに何らかの特色がある。曲がりくねった路地に入り込む度に視界に飛び込む景色が変わった。

 まっすぐに進むだけではたどり着けない——そんな迷路のような町並みに冒険心がくすぐられる。

 子どもの頃、森で遊んだ記憶がふと蘇る。

 木々の間を駆け抜け、木漏れ日の下で宝探しをしたあの日々──

 どこへ続くのかわからない細い獣道を辿りながら、未知の景色に心躍らせたものだった。

 今、この街も路地もまた、そんな探検の舞台のように感じられる。

 行く先々で表情を変える石畳の路地、曲がり角の先に待つ、まだ見ぬ景色。この先に私の予想を覆す何が待っている。そんな予感にリノアは思わず口元をほころばせた。

「なんだか、街そのものが物語みたい」

 エレナが周囲を見渡しながら言った。

 細い路地を抜け、視界が開けた瞬間、古い石造りの建物が姿を現した。

 坂道を緩やかに下るにつれ、その建物の細やかな装飾がはっきりと見えてくる。

 扉には繊細な彫刻が施され、窓辺には色鮮やかな花々が並び、柔らかな陽の光がそれらを優しく包み込んでいた。

 時の流れに寄り添いながら、街の喧騒の中で静かに息づいている。

「ここです。私のお気に入りの場所なんだ」

 そう言って、セラが扉を押し開けた。

 澄んだ鈴の音が響き、室内の空気を優しく揺らす。

 先に中へ入ったセラは、慣れた様子で奥へと歩を進めた。

 扉の向こうに広がる空間は静かだ。柔らかな陽光が窓から差し込み、穏やかな空気が部屋を包み込んでいる。鼻腔をくすぐる木の香りは、どこか懐かしさを感じさせるものだった。

 この宿の名は——『アーバルの静寂』──

 リノアとエレナは、その心地よい空間に誘われるようにサラの後に続いた。

 足元に広がる木の床は古さを思わせるが、造りはしっかりとしている。踏みしめる度に床がわずかに軋み、空間に馴染むような音を奏でた。

 この場所には、ゆったりとした時の流れが
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